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横浜地方裁判所 平成10年(ワ)4020号 判決

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  原告の請求

被告は、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成一一年四月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

本件は、原告が被告に対し、隣地に地上四階建てのマンションを建築されたことによって、それまで原告が享受していた住居周辺地域の景観又は景観利益及び同住居 から山並み等を眺望する権利又は眺望利益を違法に侵害されて精神的苦痛を受けたとして、損害賠償を請求した事案である。

第3  当事者の主張

1  請求原因

(1) 景観及び眺望阻害事実の発生

ア 原告は、別紙物件目録(一)1記載の土地(以下「原告居住地」という)をその所有者である宗教法人本興寺から建物所有目的で借り受け、昭和四七年一二月ころから同土地上に同目録(一)2記載の建物(以下「原告建物」という)を所有し、以来現在に至るまで同建物に居住している。

イ 別紙物件目録(二)2記載の土地(以下「本件マンション敷地」という)と原告居住地とは別紙図面(一)のとおり近接した位置関係にあるが、被告は、平成八年三月一五日に同土地を前主から買い受け、平成一一年三月末日までに、同目録(二)2記載の建物(以下「本件マンション」という)を完成させ、分譲マンションとして販売するようになった。

ウ 原告居住地とその周辺地域(以下「本件地域」という)においては、以前から、低層の一戸建て住宅の街並みが形成・保持されており、同街並みの景観(まちなみ景観)には、古都鎌倉の歴史的・伝統的景観や文化的景観を保持し、また一戸建ての落ち着きと閑静さ・秩序のある家並み・空の広がりなどから、地域住民に精神的安らぎを与えるとともに快適な居住空間を提供するという景観価値があり、原告は、同景観価値を享受し、かつその保持に務めてきたのみならず、原告居住地からは、北東方向に、歴史的風土特別保存地区に指定された衣張山の山並みと名越の切通しの尾根が歴史的景観を醸しだす様子と、その山間に風致地区たる街並みを、そして眼前に本件地域の前記まちなみ景観を眺望することができた。

ところが被告は、前記のとおり、構造は別紙物件目録(二)2に記載したように鉄筋コンクリート造陸屋根・地下一階付四階建の本件マンションを原告居住地の北東方向に建築したが、その高さ・巨大さは低層一戸建て住宅の集合体である地域の街並みの調和を乱し同地域におけるまちなみ景観の価値を減少せしめるとともに、原告が従前から享受してきた景観権又は景観的利益及び眺望権又は眺望の利益を侵害した。

(2) 被告の責任

被告による本件マンション建築行為により、原告は、それまで享受してきた景観権又は景観利益及び眺望権又は眺望の利益を侵害され、かつ、眼前に本件マンションが建築されたことによりプライバシー・日照・通風などの快適な生活に必要とされる利益を失うとともに、本件マンションによる圧迫感に悩まされることとなった。

そして被告は、本件マンションを建築するに当たり、住民に対する説明義務や住民との協議義務(鎌倉市開発事業指導要綱一〇条一項・三項)を果たさず、また、原告ら住民が鎌倉市に提案したまちづくり計画と被告の開発計画を調和させるよう努めるべきであった(鎌倉市まちづくり条例二八条)にもかかわらずこれを怠り、本件マンションの建築を実行したので、被告による景観ないし眺望の阻害行為等は、社会生活上一般に受忍すべき限度を超える違法なものであり、そうでないとしても権利濫用を構成するというべきであるから、被告は原告に対し民法七〇九条によりその損害を賠償する責任がある。

(3) 損害の発生

原告は被告の前記景観及び眺望阻害行為等によって、著しい精神的苦痛を受け、これを慰謝するには金一〇〇〇万円を下らない金員を要する。

(4) まとめ

よって、原告は被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、その慰謝料の一部である金一〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成一一年四月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する認否

(1) 請求原因(1)アの事実は知らない。

(2) 同(1)イの事実は認める。

(3) 同(1)ウの事実は否認する

(4) 同(2)の事実は争う

原告の主張する景観権ないし眺望権は、成熟した権利とはいえず。景観利益及び眺望価値は、法的保護に値しない。また、被告が本件マンションの建築により、原告に精神的損害を与えたことも、その享受していたプライバシー・日照・通風その他の利益を侵害したこともない。

本件マンションは、都市計画法・建築基準法その他の法令に従った適法な建築物であり、被告は、同建築の際、住民に対する説明会を開催するとともに、個別に住民との協議も重ね、工事実施に当たっては、原告を含む本件地域住民との間で工事協定も結んでこれを行ったことから、同建築行為は違法となる余地はなく、権利濫用にも当たらない。

(5) 同(3)の事実は否認する。

第4  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

1  請求原因(1)アの事実(原告が昭和四七年一二月ころから原告建物に居住していること等)は証拠(甲18、19、原告本人)により認めることができ、また同(1)イの事実(被告が本件マンションを建築したこと等)は当事者間に争いがない。

2  本件マンション建築の経緯と被告の責任の有無(請求原因(1)ウ、(2))

(1)証拠(甲1ないし38の2、乙1ないし11、証入片方信也、同大和真司、原告本人甲野太郎V及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる。

ア  原告は、昭和○年○月○日東京都文京区小石川で出生し、△△大学大学院理学研究科修了後、昭和○○年からアメリカ合衆国・プリンストン大学に留学し、帰国後、昭和四二年五月に××株式会社に研究職として入社し、同社に在職中の昭和四七年一二月ころ、東京から五〇㎞圏にあって通勤可能であり海や山や古い街並みが残されているという動機から、所有者たる宗教法人本興寺から建物所有目的で原告居住地を借地して同土地上に原告建物を建築し、その後現在まで、職はその後製菓会社顧問・大学講師等に変わったが、一貫して同建物に居住している。

一方、被告は、平成四年五月二八日に設立された株式会社であって、広島市に本店を有し、平成九年六月に社名変更する前の商号は株式会社ブレストであり、分譲マンションの開発・販売等を業としている。

イ  原告が昭和四七年一二月から居住している原告建物は、木造アルミルーフィング葺二階建て(床面積は一階九三・六二㎡・二階六四・八一㎡)であり、本件マンションの建築着工以前は、その北東方向に歴史的風土保存区域及び歴史的風土特別保存地区に指定された衣張山付近及びこれに連なる本件地域の街並みを、北方には、同じく歴史的風土保存区域等に指定された安養院及びその背後の祇園山を望むことができた。

ウ  ところで、原告建物及び本件マンションのある鎌倉市は、かつて鎌倉幕府がおかれた由緒のある地域であって、古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法に基づく「歴史的風土保存区域」及び「歴史的風土特別保存地区」の指定状況は別紙図面(二)のとおりであり、原告建物及び本件マンションのある本件地域は、同法の適用がある地域に近接しているものの、鎌倉市街地に連なる市街地の一部を形成している。

そして本件地域は、JR横須賀線の鎌倉駅から南西に徒歩約一〇分の距離にあり、鎌倉市の中心街から逗子方面を結ぶ県道鎌倉葉山線の南方に近接している。また、原告居住地及び本件マンション敷地を含む同県道以南の大町二丁目及びその周辺地域は、原告が居住を開始した昭和四七年一二月当時は都市計画法上は住居地域に指定されており、同四八年には住居地域(主として住居の環境を保護するため定める地域)と第二種住居専用地域(中高層住宅に係る良好な住居の環境を保護するため定める地域)とに区分して指定され、更に被告が本件マンション敷地を購入した平成八年三月当時は第一種住居層住居専用地域(内容は上記第二種住居専用地域と同じ。同法九条三項)とに区分して指定されている。

なお鎌倉市においては、平成八年一月一日から別紙(三)のとおりの鎌倉市まちづくり条例(以下「まちづくり条例」という)が、同じく同年七月一日からは別紙(四)のとおりの鎌倉市都市景観条例(以下「景観条例」という)が、それぞれ施行されている。

エ  このような中にあって被告は、分譲マンション建築を目的として平成八年三月一五日、前主から本件マンション敷地を買い受け、同年五月一五日鎌倉市長に対し、高さ一四・九五m・地上五階建て・二三戸の共同住宅建設を内容とする開発事業届出書(甲1)を提出した。そして被告は、同市からの指示を受けて、鎌倉市開発事業指導要綱(以下「指導要綱」という)に基づき同開発事業を住民に公開したところ、同年六月、住民から鎌倉市議会に対し、同開発事業に反対する旨の陳情が提出された。これらの事情もあって被告は、同年七月六日から一二月七日までの間に、原告を含む本件地域住民の参加する「大町二丁目のマンション計画に反対する住民の会」(以下「住民の会」という。代表は本興寺の住職である野崎顕信)を相手方として、合計四回に及ぶ説明会を開催し、住民側から提案された一戸建て案・三階建て案などを検討した結果、当初の地上五階建てを地上四階建地下一階に変更する最終譲歩案を提示して説明会を打ち切った(但し、プライバシー・日照問題等については、その後も個別に利害関係を有する住民との協議を継続した)。

オ  住民の会の代表者は前記のとおり本件地域の有力者である野崎顕信であり、同人は宗教法人本興寺の住職でかつ原告居住地の地主でもあったが、被告の示した前記計画変更案及び被告と住民の会との交渉過程に不満をもった原告を含む他の住民は、住民の会とは劉に、平成八年一二月二四日、「大町二丁目の環境を考える会」(以下「環境を考える会」という)を設立し、代表世話役に金子常郎が、事務局担当者に原告が、それぞれ就任した(甲1)。

そして同会は、鎌倉市議会に対し平成九年一月二一日マンション計画反対の陳情をし、また同年三月五日には市長に対し、本件地域住民六六名の同意を得て、前記まちづくり条例二八条一項に基づき、建物の形態等についての自主協定を内容とする「大町二丁目地区自主まちづくり計画案」を提出するなどした(但し、本件地域が同条例の定めるまちづくり推進地区ないし重点地区に指定されたことはない)。また被告に対しては、同年四月二五日及び七月一日にさらなる説明・協議を要請するとともに、前記譲歩案からさらに三階建てのマンションへと開発計画を変更するよう要求した。

カ  このような経緯の中で被告は、平成九年三月二五日鎌倉市長に対し、前記のように内容を変更した開発事業協議申請書(乙5の1)を提出し、同年八月二九日には、市長との問で指導要綱一二条一項に基づく開発事業に関する協定を締結した上で、同年九月二五日に開発許可を、平成一〇年二月二四日に建築確認を受けた(なお、前記開発許可に対し「環境を考える会」のメンバー四六名が神奈川県開発審査会に対し平成九年一二月一七日審査請求をしたが、平成一○年五月一日に不服申立てをする法律上の利益を有しないとの理由で却下された)。

キ  そして、平成一○年三月末ころに至り、被告は、施工業者を日本国土開発株式会社として本件マンションの建築工事を開始したが、工事実施途中の同年六月二三日、環境を考える会の代表世話人たる金子常郎及び原告を含めた地域住民二八名と原告及び日本国土開発株式会社の間で、工事の安全・防護・騒音振動臭気の抑制・風紀の維持防犯等を目的とした工事協定(乙4)を交わし、平成一一年三月末までには、本件マンションを完成させた

ク  このような経緯で完成した本件マンションは、前記のとおり鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付四階建で高さは約一二・八〇mであり、建ぺい率・容積率等を含む建築関係行政法規に違反することはなく、原告建物は別紙図面(一)のとおり本件マンションの南西側にあって、本件マンションによる原告建物への日照阻害も全く生じていない(乙8)。ただ、原告建物より隣家稲野邸の後方に観望することができた衣張山の山並みは、本件マンション完成によりこれを眺望することが不可能となった。

ケ  原告は、平成一〇年一一月六日に至り、被告及び日本国土開発株式会社を相手方として建築工事の禁止を求める本件訴訟を提起したが、その後平成一一年五月一四日、日本国土開発株式会社(更生管財人坂上義次郎及び大橋正春)に対する訴えを取り下げるとともに、被告に対する請求を損害賠償金一〇〇〇万円とこれに対する平成一一年四月一日以降年五分の割合による遅延損害金の支払を求める請求に訴えの変更をした。

なお、現在までのところ本件マンションのような規模の共同住宅は本件地域には建築されていないが、平成一三年三月ころには、一八戸・地上三階建て・高さ一一・八一mのマンション建築工事が着工する予定がある。

(2)以上の認定事実を基に原告の主張の当否について判断する。

原告は、同人がそれまで有していた景観権又は景観的利益及び眺望権又は眺望的利益が、被告が本件マンションを建築したことにより違法に失われ、被告の同建築行為は権利の濫用に当たり、被告は原告に対する不法行為としてその損害を賠償する責任がある等と主張する、

しかしながら、原告が本件マンション建築前に周囲に対して有していた景観上及び眺望上の利益が借地権を有する原告居住地及び所有権を有する原告建物に関する場所的利益として法的保護の対象となる余地があるとしても、景観権及び眺望権に関する明確な明文上の規定はなく、かつこれらの利益は隣接する土地所有者等の利益と密接な関係のある事象であるから、前記景観ないし眺望阻害が原告に対する不法行為を構成するかについては慎重な利益考量を要すると解すべきであり、第一次的には両者の利害調整規定としての機能を有する都市計画法・建築基準法・各種の条例等を考量の基準にすべきと解される。そして本件にあっては、被告のなした本件マンション建築においては、前記のとおり都市計画法・建築基準法・まちづくり条例・景観条例に違反する事実は認められないこと、原告建物及び本件マンションが所在する本件地域は、都市計画法上の第一種住居地域と第一種中高層住居専用地域であって、ある程度の高度を有する建物を建築することは社会的に容認されているといえること、被告が本件マンションを建築しようとした際、周辺住民の意見を聞く説明会を合計四回開催し、住民からの要望を一部容れる形で、それまでの地上五階建てから地上四階地下一階建てに計画変更をしていること、原告居住地は、本件マンション敷地に近接はしているがその接する程度は別紙図面(一)のとおりごくわずかであって、本件マンションが建られたことにより日照上の影響が及ぶことはほとんどないこと等の事情が認められるから、本件マンションが建築されることにより原告建物からの景観ないし眺望上の利益阻害が一定程度生じ(隣家たる稲野邸の後方に観望することができた衣張山の山並みが見えなくなったこと等)、原告の生活において圧迫感を感じること等になったとしても、被告の同行為が原告に対して民法七〇九条の適用上違法となるとか、権利濫用であるなどと解することはできない。

原告の主張は理由がない。

3  以上によれば、その余について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がない。

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